黒縄に蠢く躯
ヒトは日頃、課題や試練を乗り越えていくことで、高いところからの美しい“景色”を見下ろすことができるはずです。でもこれはヒトの話。では奴隷はどうか?私が与える試練の果てに待ち受けるのは、光ではなく闇。天ではなく奈落。お前たち奴隷は、地の底を這い、己の醜さと向き合うしかない。手を伸ばしても決して届かぬ場所に私だけが在る。峻厳にして美しい、ただ一つの“景色”を見上げることができるでしょう。
支配型のSMを行うドミナである私は、礼儀を非常に大事にします。ゆえに毎回のセッションは礼に始まります。床に伏せ、私からの支配を乞う奴隷の姿。そんな奴隷たちの姿を見て、すぐに判るものです。忠誠心の有無を。私の作る世界の空気感を飲み込み、私を主と認識し、自らに相応しい役割を体現した“ポーズ”をとることができているか。空気感を体現することができたとき、私はその奴隷との間にピンと、ピアノ線のような糸を張る。目で見え難い、危険な糸。礼の欠けた者が、うっかり2人の間を通ったら首と胴体が離れ離れになってしまうような。おそらく、この危険な関係性というものが「主従」という言葉に集約されるのでしょう。主従…言語化してしまうと容易い響きなのですが、これが難しい。早い話、互いの気持ちがないとできない行為ですから。身体的な願望や執着を捨てきれないマゾには、私の世界へ踏み入る資格はないのです。